経済制裁のごとく社内のITリソース(資源)を止めてしまったシステム部門長。営業は果たしてどうするのか。
前回⇒(1/2)システム部門長がリソース制裁-前編
この続き。
その数分後
数分後に申請書はあっさりやってきた。
おおよそ申請書とは思えないシワや細かな破れによって、行き場のない怒りの中で申請書を作成し部門長に印鑑を押印させた様子が見て取れる。
図:イメージ図
実際にこんなシワだらけの申請書だった場合、ほぼ間違いなく書き直し作り直し、となってる。
がこのときばかりは事情が違ったようだ。
営業マンは怒りによって傷んだ申請書を部門長の目の前で振りながら吐き捨てた。
「これで、いいんでしょう?」
…。
「申請書がくしゃくしゃじゃないか。」
部門長はいつもそう。申請書がくしゃくしゃだったり記入している文字が殴り書きだとユーザに対して書き直しを要求する。
だが、このときばかりは…、状況が状況だけに営業マンが先手を取ってこう発言する。
「ちゃんと営業部長の押印もあるし、記入してある内容も何一つ間違っていない。パスワードだって読めるでしょう?
営業部長が押印しているってことは、営業部長は承認しているってことですよ。一分一秒でも早く電子メールを復帰させてもらわないと困ります。」
部門長は何か言いたげな表情を見せたが、冷静さを取り戻しこういった。
「ま、いいだろう。」
椅子を回してこちらを向く。視線は私の方を向いている。
「メールアドレスをこれで復活させてくれ。」
"復活させてくれ"か…。
私は思った。もし、これ、最初に迫られたときのように
"本当に削除していたら、停止している間のメールは全部エラーメールが返ってしまうんじゃないか?"
メールアドレスを削除した、という前提で部門長と営業マンの話は進んでいたが、実際にメールデータがロストしているかどうか、という点は特に話題の中では重要でなかったらしい。
これで、もし本当に削除していたら、
「なんでデータが消えているんだ。」とか「停止されていた時間帯のメールは顧客にエラーメールが返送されている、どうしてくれるんだ。」とか後のいらぬ問題がまたごちゃごちゃしてしまったんだろうな…。
こうもアッサリ収まるなんて思っていなかったんだが、指示を"ちゃんと聞かなくてよかった"と思ったものだ。
私はちょっと上ずった声で報告した。
「メールアドレスは使えるようになっています。再申請のパスワードを再入力すれば設定変更は不要です。」
とりあえずパスワード更新しただけだから設定変更不要、というより同じメールサーバのアカウント凍結だから再設定させようがない。
とはいえ、部門長の思惑通り、多少お灸をすえるような効果はあったように見えた。
営業マンは一番気になっていることを事務的な口調で質問した。
「データは、大丈夫でしょうね?」
データってのはメールのことを指しているように思えた。
「メールが消えているってことはないでしょうね?」
部門長に繰り返し確認する営業マン。部門長の次のセリフは自分の耳を疑った。
「消えているわけないだろう。はやく自分のPCで確認してみろよ。」
営業マンは無言で入口を向くと、大股で部屋を出ていった。
後日談
「いやぁ、またやったらしいね。そちらのボス。」
別部署の次長が私に話しかけてきた。
全く心当たりなかった私は突然こういわれてもなんのことだかさっぱりわからない。
「なんです?なんかありました?」
とりあえず何の話題かを聞くのが精一杯だった。
次長はこういう話題が大好きだ。ホクホクしながら楽しそうにこう言った。
「ほら、営業マンのメール止めたんでしょ。強制的に。あれ問題になってるよ~。」
うーむ。問題になっているか。だからといって何かできるのかというと何もできないし、その場に居たとしても誰も逆らうことはできないだろう。何せ部門長はおっかない。
「まあ、問題になっているんでしたら、それはそれでしょうがないですよ。なにしろ私たちにには何もできないんですから。」
私にとってはそう絞り出すのが精一杯だった。こればっかりは下手な発言もできない。
次長にとっては完全に対岸の火事だから、野次馬根性で面白そうにしゃべる。
「ココだけの話、前からそちらのボスが怒って感情的に行動するのって問題になっていたからねぇ。」
ほとんどどうでもいい世間話だったのだが、一点気になることがあった。
「でもメールのデータが抹消されたわけじゃないし、半日くらいパソコンで見れなくなっただけだったから、"まあいいんじゃないか"ってことで話が収まったらしいよ。」
あ、あぶねー。
言われた通りにアドレス削除していたら、危うく問題がでっかくなるところだった。
メールアドレスを言われるまま削除していたら外部(特に顧客)からのメールはUser Unkownで取りこぼしていたことになりかねない。
しかも、部門長も自らメールアドレスを削除するように指示しておきながら、最終的には
「消えてるわけないだろう。」
まるでこちらが予防線としてデータ自体は消えない(メール自体は取りこぼさない)ように取り計らっている前提での発言に思えた。
自分の身は自分で守るしかないものか。
同時に、システム管理者として、データが損失するのは避けなければならない、という直感は正しかったことにちょっと自信を持った出来事となった。
直感って意外と未来を予知している。