A君との会話で自分の仕事スタイルに疑問を持ち始め、それがたまたま上司と同時期の面談でさらに疑問を深める結果となってしまった。
その時、心の中で天使と悪魔が争いを始めてしまいました。
知らぬが仏?
いままで、
問題や障害、セキュリティ事件ってのは、起こらないことが一番の幸せ
だと、担当者としては思っていたんですが、意外とそうでもないってことなのかもしれない。
実は、この時心の悪魔が…
ギリギリのところで問題が起きるけど、迅速に事態を収拾できるような準備をしておき、素人たちが悩んでウンウン唸っているところを華麗に登場して解決していく
という演出があれば
「おお、さすが○○サンだよ!あっという間に解決していったよ。」
となるじゃないか。
だから、問題は"ギリギリダメージが致命的にならないところまで放置"がいいんじゃないか?
と悪魔のささやき。
こういう演出てのも、年を経た社会人には必要なのかなぁ、とこの時、思ってしまった。
しかし、心の天使は
いや、事件なんて起こらないことが一番の幸せだ。今まで通りでいいんだ。"不幸な事件が起こる可能性を含んでいた"などということ自体を知らなくてイイ人は知らない方が幸せじゃないか
と、悪魔のささやきを真っ向から否定してきた。
このハザマで勝手に悩んでいるインフラ担当者の査定評価面談…。
一つだけ言えるのは
「こんなこと、間違っても口には出せないな」
ということくらいだった。
個人目標
この時、不覚にも揺らいでしまいましたが、やっぱり
「障害や問題なんて、起きないに越したことはない。」
「障害や問題が起きないことが幸せ。」
「問題は先送りより前倒しの予防。」
という点は、改めて自分の中で間違っていない、ということを再確認し、そのうえで、
「どのようにこの貢献をアピール、発信していくか。」
という課題を新たに突き付けられたという格好になりました。
実際に起きていない障害や問題を予防したからといって、どんな成果になったかを説明するのはやっぱ難しい、忙しい上司ならなおさら、というところはあります。この辺はフリーランスになった現在でも課題ですね。
一方で、上司は
「我がシステム部は、どのメンバーも他部署より勤怠が悪い。これは悩みなんですよね、そんな中でTDさんの勤怠はイイですよね。」
と、言っていました。え、あ、そこ…?と戸惑う私に、上司はその真意を簡単な言葉で説明してくれました。
「居るだけで、障害や問題が起きても、何とかしてくれるだろう、って安心感がありますからね。居ると居ないじゃやっぱ違いますよ~。」
予防し過ぎて、障害・問題がないような状況にしてしまうと、それはそれで「アイツなにやってんだろう?」的な空気が出てくることもありますが、この時は幸いなことに「いま稼働がそれほどじゃないだろうから、障害・問題が起きても最優先で対処に当たれるだろう。」と思ってくれたようです。
それはそれで、素直に喜ぶべきことかもしれません。
しかし、時を経て、別の上司となった人はこういっていました。こういう視点もあるんだなぁ、と思ったことをご紹介。
「日々システムの対処をコツコツやるのもいいけどね、同時に
"根本的に解決するには何をすればいいか"
ってのも蓄積して欲しいよね。永遠に一人月をそのシステムの稼働に用意しなきゃいけないの?って思っちゃう。
そのシステムより手が掛からないorより良い方法はないか、あるのならそちらに乗り換える価値はあるか、そういうの考えて、日々のシステムの対処をコツコツやるのはイイと思うんだよ。でも何も考えずに漫然とやるのはダメ。」
上司が何を考えていて、どの点を評価するのか、これを日々観察するのはシンドイけど、この時代には必要なのかもしれませんね。