treedown’s Report

システム管理者に巻き起こる様々な事象を読者の貴方へ報告するブログです。会社でも家庭でも"システム"に携わるすべての方の共感を目指しています。

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燃尽奮戦記―3話:そして退職へ

退職時の状況

時は1月の肌寒さが残る中旬。
上司の喫煙中に私も喫煙所に赴き、日々に疲れたので会社からおいとまさせていただきたい、と伝えた。
ちょっと驚いた表情をしてはいた。しかしその驚いた表情はすぐに通常の表情に戻り、
「会議室にいこうか。」
そのまま小さな4人掛けボックス席が8つ並んだ小会議室の一室に向かって二人で歩いていった。

 

小さな会議室で向かい合って座った上司と私の二人。
「さっきの言葉は退職、という意味でいいんだよね?」
確認か。会議室に連れて行って何を聞くのかと思えば。
退職するんだよね?という明確な確認を本人にしたかっただけだった。
私個人としては、この会社では会社設立後、一世代目の新入社員として何百人も採用されたうちの一人。(その前の2世代くらいは中途採用のみの会社だった。)いわゆる会社立ち上げ後では(採用数が多かったとはいえ)初期の世代なのだ。そしてこの世代で入社後からずっと社内ITに関わってきた社員はもう私1名しかいない。他のメンバーは異動や退職でみな”卒業”してしまった。
それだけ長く続けた自分が退職を申し出た、という点において、もう少し何か動揺に似たリアクションが欲しかったんだろう?と聞かれればウソではない。
もうちょっと動揺してくれた方が、してやったり感があった。でも現実は厳しい。
別に上司からは引き留めの言葉もなかった。唯一出た言葉は
「ふーん。あ、そう。」な感じの相槌だった。
何かを考えているようなそぶりと表情を見せてはいたが、この時の私には
“おおかた次の人員補充するためのいい口実ができた程度に思っているんだろう?”くらいにしか思えなかった。
「家族の了承済みか?」
とだけ質問された。私は
「重要な決断ですから、承認は得てきました。」
と答えて、何かを吹っ切ったような笑顔を作ろうと努めたのだが、表情がこわばってしまい、無表情で機械的に会話をする癖がついてしまっていた。
思えばこの1年半での、あれやこれや、で上司の前で表情を作れなくなっている自分にいまさらなことに気づいた。
こんな人間的な部分を失って機械に徹するかのごとき感情の凍結を嘆く自分。そんな心の内を上司は知る由もなく、冷たくこう言い放つ。
「まあいいんじゃない?」
“合理的”が大好きな上司は張り切ったようにこう続けた。
「さて、そうと決まれば、ね。引継ぎの人材が必要だから早速獲得しなければ。」
と言い、大きく息を吸い込んで前のめりに、
「後任に要求される人物像と必要なスキルマップを作成するように。」
と指示を出して、来週この小会議室をグループウェアで予約しておくよう合わせて指示する。それは後任に要求される人物像を一週間で考えて資料化しパワポ作成しておくことを意味していた。
その意味が理解できた私は、二つ返事でOKしその場の話は終わった。

後日、定例ミーティングで退職が発表される。
「えー、彼は引継ぎ後1か月程度で退職します。」
誰にも相談してないので、誰も知らない情報だったはず。故に、誰も声を上げていないのにちょっと”ドヨッ”とする空気にミーティングルームが包まれた。
私はもう、正常な精神ではない。その上司の発表の間、ずっとノートに視線を落とし何かをメモしていた。

私の場合、世の中に蔓延るパワハラ・職場イジメのような陰湿なものではなかったので、退職を切り出してからも特に上司から特別精神的な圧迫や圧力を受けることもなければ、他のメンバーから特別嫌がらせを受ける、ということもなかった、というのは不幸中の幸いだった。
世の中ではこの退職を切り出してから実際に退職するまでの間、地獄のような会社生活を強いられるケースも多い。だが私はそれほどの追い込まれ方をされているわけではなかった。
ただ一部メンバーが裏切られた感を持っていた。このまま一緒にこの部署で乗り越えていく、というつもりでいたそのメンバーは何の相談もなく退職をサッサと上司に申告したことに対して深く失望していたらしい。こうして、親密なメンバーの一人は多少ツレナイ態度にはなってしまっていたが、まあ仕方あるまい。彼もいろいろな葛藤があるんだろう。
人生は出会いと別れの連続、それを経て人は器が大きくなる。

その日から、日中にはちょいちょい、上司と2名ほどのメンバーが小さな会議室へ行って打ち合わせをしているようだった。おそらく、別件もあるだろうが引継ぎの分担も検討しているんだろう。

ただし、私は一つだけはっきりさせていないことがある。
自分の置かれた状況や心の内を誰にも言っていない。上司や同じ部署のメンバーに言っていないのはもちろんなのだが、近しい人間関係にある家族にすら言っていない。
こういうことは、実際にその状況に陥っている本人以外には理解されない可能性が高いことがその理由だ。あまつさえ精神状態がすさんでいる状況をさらに悪化させかねない。
自分が近しいと思って信じている存在から、「お前が悪い」「お前にも責任はある」みたいな主旨のことを言われてしまったときのダメージは甚大だ。経験した本人でなければ分からないことなのだ。これを理解できる第三者など居ないことを認識しなければならない。
だが、これは裏を返せば、極限まで追い込まれた精神状況を誰かと共有することで発散できないことを意味する。誰にも理解されない極限の精神状況を孤独に処理するために高度な自制の心の強さが要求されるのである。

でも、周りを見渡してみれば、一部失望と葛藤が散見されるとはいえ、みんな幸せそうではないか。
退職を申し出た私本人も含め、上司も一部メンバーも、新しい人員の採用に希望を持っているように見える。むしろ喜々としているようにさえ見える。

いいじゃないか?みんな幸せそうなら。
こうして一週間が過ぎていった。

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