今回は今からかなり前、1999年というミレニアム目前の春の記録から、「街をブラブラ歩くのも気をつけましょう」という内容のご報告です。
なにぶんかなり前に書いた内容をそのまま転載しておりますので多少現状と異なる状況説明があることにつきましてご容赦ください。
さらにいまも似たようなところは存在しているようなので、あまり詳しくは書きたくないなぁ…という心理も働いている都合上、ぼんやりした表現があります。
こういうこともあるんだな、という一つの例としてご覧ください。
当時私は新入社員でした。
電気街を歩いていたら街頭でチラシを配っていました。
当時の私はチラシ配ってたらとりあえずもらう習慣があったので、通りすがりにそのチラシを受け取って、チラシに目をやりながら通り過ぎようとしました。
「ちょ、ちょっと待ってください。」
突然後ろから黄色い声。
振り向くと私の手にあるチラシと同じチラシを束で持つお姉さん。
ステキな笑顔で
「いまお急ぎですか?」
え?私?そう私。いまチラシを受け取った私です。でも会社帰りで街ブラ中だから急いでるわけではないですねー。
「じゃあ、ちょっと見ていきませんか?いまここ無料で公開しているんです。中では無料抽選会もやっているんです。」
えっと、、、でも街ブラとはいえ、行こうとしていた店があるから、そこ回ってきたらまた来ようかなぁとか。ダメ?
軽く言い訳して逃げようとしたら、物憂げな表情で、
「そしたら終わっちゃうよ…。」
一瞬でその表情を一転、表情を明るくし、こう続ける。
「ね!別のお店行くの後にしましょうよ!さ、行きましょ。」
この頃の私、免疫がないせいで女性の言にはとても弱い。しかもモデル風の女性にこう声を掛けられてしまうとイカン。(しかも辺りは日が暮れてちょっと薄暗い…)何の抽選会かのか、とかそもそも中では何の店なのかよく聞かないまま、促されるまま、中に入ってしまった。
「一名様で~す。」
1Fのエントランスは暖色系を基調にした照明がまぶしいほどに輝いている。でも、大人のお店ではない。
「うちでは絵をおすすめしているんですよ。」
ステキな笑顔を一回も崩さない街頭の呼び込み、そして中に促し案内を終えて抽選を終えるまでその笑顔が崩れることはなかった。
後から考えればある意味これはプロの仕事だ。
「さあ抽選のくじを引いてください。」
ドンキのパーティグッズコーナーで売っているようなくじ引きの箱から1枚を取って渡す。
「おめでとうございます!4等です。なかなか出ないんですよ。」
笑顔で女性が手渡してきたのは、ビニールコーティングの紙袋を渡された。芸術が理解できない私にはよくわからないのだが、仰々しく絵が両面に印刷されたA2くらいのサイズの"紙袋"だ。
で、周りを見渡してみると、掌に収まるくらい小さいノベルティグッズのようなものを手渡されているくじ引き後の客が2人ほどいたので、なんかちょっと違ったんだろうな、というのは認識した。
「お二階へどうぞ!」
新しく出てきたのは、営業風のちょっと年齢が30代手前ほどの女性。
その営業風の女性に促された私は、言われるがまま2階へと進んだ。
2階に進んでから周りを見渡すと、12畳よりは広いホールのようないでたち、周囲に仕切は一切なく、壁一面に油絵が展示されていた。
そのホール内では、私と似たような年齢の若い男性と女性のペアで向かい合って何やら話をしている光景やら、若い男性が小机に向かって何かを一生懸命書いている光景やらがそこかしこで繰り広げられていた。
私も促されるまま、営業風の女性と真向いで文字通り膝つき合わせるくらいの距離で座る。
で、何が始まったかというと、まずは世間話。
あなたはどんな人?どこに勤務しているの?どんな仕事なの?
今思えば、取り調べか?って具合に自分の話を言語化させられたような気がする。
気持ちよくペラペラとしゃべらされたものです。
そういう意味では、この営業風の女性もやっぱプロです。
この辺りで既に、何しにここに来たんだっけ?というのは完全に忘れ去って思考停止状態に陥っていた。
で、いよいよ本題に切り込んでくる。
「絵はお好きですか?」
えーっと。
"絵は好きではありません。"
はっきり答えた。
相手にちょっと間が出来た。はっきり言い過ぎたせいだろうか。
絵が好きではないのは、学生時代の宿題の課題で絵(といっても幾何学デザインとか色の課題とか、ですが)の課題が定期的に出たのだが、これに恐ろしく苦労し、バイト終わりで寝ないで課題こなして翌日提出した"作品"が、提出後の後日、クラス全員の前で品評されけちょんけちょんに叩かれるという、絵的なセンスのない私にとっては苦痛以外の何物でもない課題&授業だったので、絵にあまりいい思い出はない。
(ちなみにクラス全員分の作品が全員の前で品評される。センスがある生徒も多いために、なおのこと超えられない壁を感じる。)
私は絵を見ていると、自分の体験を思い出し、絵を描いている人のネガティブな感情だけを勝手に頭にイメージしてしまうだけなのだ。
絵に罪はない。
だがそれを説明する必要はない。
とにかく絵は好きではないのだ。
「絵は、すばらしいですよ。」
気を取り直して説明を切り出す営業風の女性。
「絵で生活が豊かになります。たとえばここに真っ白な壁があるとしましょう。絵が飾られているだけで真っ白な壁はキャンパスとなり壁が彩られるのです。」
これで、絵が好きでない人に"スバラシイでしょう?"とか同意求められても困るんですが。
「絵は人生に彩りも与えます。あなたの部屋のいちばん見える場所に素敵な名画が飾られているだけで、部屋の華やぎが変わります。」
いや正直白い壁でいいですよ。なんなら人生も白いままでもいい。
「絵を飾ると、その絵に見合う自分になるためにより人生が深くなります。」
気にせず、次々と絵がある生活についての人生観を語る営業風の女性。
"少なくともキミらに塗りつぶされるのだけは勘弁だ。"と心の中で思ったのは内緒です。
ここまでで、(ようやくか、と言われそうだが)大体分かってきた。
この人は絵を買わせようとしているのか。
で、表でチラシ配っている人は、キャッチとか客引きみたいなものね。で、いま絵がスバラシイというプレゼンテーションをオレは受けているわけか。プレゼンテーションが一通り終われば後は契約手続き・事務作業といったところか。うむむ…。
こんな相手の土俵の深くまで入り込んでしまったところでようやく気付くとは。オレのバカバカ。
さて、気づいてしまったので、ここから脱出しなければ。
どうやって脱出しようか?
ひとまず、絵は私の人生に彩りを与えない、というところから返して、絵は必要ない、という結論に達して脱出しようか。
と、言うところまで考えがまとまったので、絵は嫌いです、を大義の御旗とし、脱出することにした。
もしもし?私は生活が豊かにならなくてもいいですし、私の人生に彩りは無くてもいいから、私そろそろ帰りたいのですが…。
「じゃあ、あなたの人生ずっと空虚な壁ですよ?それでもいいんですか?」
食い下がってきた。
いいんだって。人生の張り合いを自室に高価な絵を飾るかどうかで決めるような人ではない、というだけなんだから。
会話を重ねるうちに、とうとう…
「あなたは変わった人ですね~。そうです変人です。」
をぉっと。強めに出てきました。
もう変人でいいですから、とりあえず帰っていいですか?
「仕方ありません。そうして彩られない人生を生きてください…。」
(注※私が感情的になったので記憶力が低下してしまい、会話は多少端折っています。)
いま思えば、いまであった営業風の女性に「あなたの人生に彩りはない。」とか断言されて変人扱いされるいわれはないのですが、それでもこの時は脱出することが最優先事項。しかも変人のくだりから解放されるまでの間、結構な時間罵倒されたような気がするが記憶はあまりない。
ドS営業に罵倒されたやり取りがあったとはいえ、
あくまでも
「絵はいらない。」
「絵が無ければ豊かな生活にならないのなら、豊かでなくていい。」
「絵がないデメリットはない。だから必要でない。」
もう全部これ。「相手の価値観を全否定」「絵は不要」「帰りたい」の三点セットでどうにかした。
でもその不毛なやり取りの中、何回か「変人」「考え方が極端」「分かってない」と、浴びせられるセリフ。
初対面なのにヒドイよね。容赦ない。
"いや私は変人で良いのです。"
胸を張ってこう宣言し、変人で結構だから絵は買わないのだ、という結論でどうにかと脱出をすることに成功した。
私が退出する後ろから別の人物の声で、
「ありがとうございました~。またのお越しを~。」
と事務的な挨拶が聞こえてきたが、私は振り返ることなく早歩きで出口に向かい、出口を出たらいちもくさんに駅に向かって駆け出した。
「またのお越しを~。」だって。
二度と来ねぇ。
私も田舎者ですから有名妖怪ゲームのキャラクター風に言えば、
「都会は、もんげー怖ぇえズラ。路上で配ってるチラシ受け取っただけで絵を買わされそうになったズラ。注意したほうがいいズラよ。」
と、いうところですね。
後日、会社の先輩が休憩所でこうぼやいていた。
「なんか最近、うちの新入社員で何人か「ローンで絵を買わされた。」って言ってるんだよね。絵は1枚20万の奴もいれば45万の奴もいて…。」
え?まさか。
「で、そのうちの1人の親から「貴社の管理はどうなっているんですか?」とか苦情が来たらしいんだけどさ。プライベートまで会社で管理できないよね。」
あ、あぶねー。
しかも想像している金額、一桁違ってたよ。
後で調べたら、これ、
エウリアン
という結構有名な種族らしいということを知った。
さらに、油絵だと思っていた絵、どうやら油絵ではないらしい。
色香に惑わされちゃダメ、絶対。
私はそれ以来、路上で配っているチラシを受け取るのは、例えティシュだろうが割引クーポンだろうが受け取らないことを固く心に誓いました。
いや、怖くて受け取れなくなった、というほうが正しいですね。
おあとがよろしいよう……なのか?