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treedown’s Report

システム管理者に巻き起こる様々な事象を読者の貴方へ報告するブログです。会社でも家庭でも"システム"に携わるすべての方の共感を目指しています。

昔聞いた「自称優秀な社員」について考えたこと

体験昔話

今日はちょっとした昔話から思ったことなどをご報告します。
表題の「自称優秀な社員」身近にいませんか?

大手IT企業の現場に出向した友人の談


その人ってさ、大声で「俺はこんなところで終わる社員じゃない」と発言するんだよね。
だいたいは周囲の人間が「また始まったよ…」とウンザリ。
そのうち「本来は、こんな地方拠点にいるべき人材じゃないんだ。」と発言するもんだから周りとしては雰囲気悪くてしょうがないよね。ここで働いている人たちは何なの?みたいな。

こうして周りは辟易するようです。

最終的には職場の不幸自慢みたいな話になっていました。うーん、難儀だな。

何が問題か

  • 自分が優秀だと思っている(前提条件)
  • 優秀だという自己評価と周囲の評価のギャップを感じていない(ないし感じているが認められない)
  • ギャップに対して、自分の要因でなく環境や上司のせいにしている
  • 高学歴を優秀の指標にしている

もうちょっと深掘りしてみることにします。

自称優秀の問題点

自称優秀にある問題は「優秀の基準は人それぞれで違う、抽象的な指標」だということです。つまり優秀だと自称する人の自己評価がそのまま周囲の第三者の評価に直結しないところがポイントです。
こうして周囲と本人の優秀の認識でギャップが生じますが、自他ともに認める優秀ならまだしも、自分しか優秀だと思っていない"自称優秀"は結構よく出会うものです。
自分自身を優秀だと思っている場合、その人の日常には油断と奢りが生じます。「私は優秀だからこれくらい準備なしでもできる。」という油断や、「私は優秀なのでこんな単純作業は私の仕事ではない。」という奢りです。周囲にとってはこれは困ったことになります。
一緒にメンバーとして仕事をするにあたって、準備不足のメンバーは非常に厄介な存在です。よく巻き込まれてエライ目に遭った思い出が脳裏によみがえります。
しかも自分自身では準備不足だと思っていない、というところが何とも救いがたいものです。「私の能力ならこの程度の仕事は準備なしでもよい。」というルールがあるらしいです。
それでも勝手に自爆しているだけなら作業がストップするとはいえ待っていればいいだけのことも多いので多少はマシなのですが、一番困るのは「それは私のような優秀な人間がするような仕事ではない。」と手が空いているのに断られるのが一番困ります。いやあだって同じ部署の社員ではありませんか…、といっても自称優秀君にとっては完全な格付けが本人の中で済んでいることが多いです。それによって仕事が選り好みされてしまうことがよくあります。これが困ったことになります。要するに自称優秀君が興味を示さない仕事は全部そのほかのメンバーがカブらなきゃいけなくなってしまうということです。カブる方からすると結構大変です。

結局のところ、問題の発端は高学歴こそが優秀の指標となっているところにある傾向が見て取れます。高学歴なオレ、チョー優秀!ってところでしょうか。
何年も社会で働いているんなら学歴をモノサシにして測る必要なんてありませんから。だって既に何年かで評価も固まって実績も数えるほどにしろ挙がっていることがほとんどじゃないかって思うのです。