treedown’s Report

システム管理者に巻き起こる様々な事象を読者の貴方へ報告するブログです。会社でも家庭でも"システム"に携わるすべての方の共感を目指しています。

(2/2)Windows10強制アップグレードが動いて思ったこと

予定より長話になってしまったので、二日に分けてご報告します。
今日は後編です。
前回までで思ったことや感じている違和感を書きました。

blog.treedown.net

とりあえずこの画面はあまり見たくありません。今年の7月28日までの辛抱です。

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今日もこの流れのまま淡々と頭の中にあることを文字にしていきます。

MicrosoftはOSとOfficeを同じように考えてないか?

正直、ここに感じている違和感は、うまく説明できない可能性が高いのですが、
「OSはあくまで基盤/プラットフォームであって、Officeのような直接的に価値を生み出す道具じゃない」
ということをMicrosoft自身が忘れていないだろうか?という疑いです。Windows10無料配布という一大イベント・大仕事で大変なんでしょうけども。
ユーザからすると、OfficeやAdobe製品のような直接的に価値を生み出すコンテンツ(データ)を作成するための道具を動かすために、WindowsというOSがあってパソコンというハードウェアがある、と私個人は考えています。
だとすると、ユーザからすれば、OSがWindows7か8.1か10か、もっというとWindowsかMacOSか、というのは二の次であって、あくまでも自分の使いたい道具が安定して動作するためのプラットフォーム=OSが用意できるか、という点が重要だと考えることもできます。
新しいOSに移行する価値があるユーザとないユーザが存在する、というのはまさに安定して道具が使えるか、という点が重要な判断基準の一つだと考えています。
つまり、全くの個人的主観ですが、私としては「業務に使う現在の道具が安定して動作するOSを使いたい」のであって、「先進的な機能を備えたおしゃれなOSを使いたいわけではない」と言い換えれます。
あ、ちなみに業務用のPCに限った話です。私用のプライベートPCなら個人的な興味で新しいOSやおしゃれなOS、Debian&GnomeのようなOSだって使ってみたいので実際にインストールして使ってみています。でも業務用にはこれが当てはまらないです。
「Windowsが無料なら世界中のユーザが新しいOSを使いたいよね~」って言われているようで、なんだか違和感を感じてしまうのが正直なところです。

製品の分離はユーザの分離だった

そもそもですね。Home EditionにProfessional Editionの境界線は安価なホームユースと高価なビジネスユーザの棲み分けだったように記憶しています。XPのリリース時にもVistaのリリース時にも、それを継承したWindows7リリース時にもそういう説明をしていたように記憶しています。(Windows7のときは多少Starterなどの新エディションの説明の方に力が入っていましたが)

Windows2000から次のXPに移行するときに、ひたすら「ユーザーエクスペリエンス」を連呼していたマイクロソフト製品はコンピュータ中心の製品作りから使う人(ユーザ)中心の製品作りに転換するのです、みたいな説明をXPリリース時の展示会で言っていた記憶があります。その次に流行らせようとしたキーワードが「インフォメーションワーカー」というキーワードをOffice製品に乗っけて連呼していましたね。

つまりMicrosoftの製品に対する姿勢や視点は、コンピュータそのものではなく
「コンピュータを使う人、およびその人の体験」
に着目するという転換をWindows XP以降は根ざしていたはずなのです。
が、いつの間にかこれが、90年代のデバイス主導な視点に戻っているような今回のWindows10アップグレードタスクの動作です。この動作では人(ユーザ)視点かと言われると、単純にデバイス視点でWindows10にしたい一心にしか思えないです。
2000年代初頭にMicrosoft Conferenceでユーザに向けて発信していたあの人視点・ユーザ視点はもう止めちゃったんですかね…。
スマホ勢に押されてなりふりかまってられない、という状況にも見えます。

昔の考え方に戻って欲しい

Microsoftがユーザ視点で製品を作っていたときは市場もMicrosoftに追い風だった、という事情もあるんでしょうけども、デバイス視点からユーザ視点にシフトした製品づくりの根本には「パソコンに使われる人間」という構図を「人間が使うパソコン」というあるべき姿に戻そうという意思を感じたものです。
いやパソコンに振り回される人間、と言った方がいいかもしれませんね。
事実2000年代の初頭は90年代に比べてセキュリティ対策やWindowsUpdateの適用で相当に振り回されたものです。
間違いなく、その時代より進化した現代では様々な管理方法や製品の選択肢が増えていて、便利にはなっています。それは間違いないです。

ですが、PCに人間が使われている構図を変えるために製品を根底から変えていったはずのものが、今時を経てパソコンに振り回されているというのは、なんだか妙な違和感を覚えるものです。
「無料だからいいよね」っていうのは話としてはなんか違和感あります。
「Vistaの時よりマシじゃないか」っていうのもその通りなんですが、なんか違うんです。


諦めた方がいい?

おっしゃる通り。ごもっとも。