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treedown’s Report

システム管理者に巻き起こる様々な事象を読者の貴方へ報告するブログです。会社でも家庭でも"システム"に携わるすべての方の共感を目指しています。

燃尽奮戦記―4話:遅かった刮目

体験昔話 smallNovel

そして一週間後―――。

その日はやってきた。

 
「…、以上が、要求される人材像の概要と、そのスキルマップです。業務とスキルを散布図にまとめてあります。」
小さな会議室での説明が一通り完了した。
しかし、非情にも業務量が減るわけではない。引継ぎが本格化しない以上、通常通り業務をこなしたうえで、引継ぎ人員を採用するための業務&スキルの資料化を進める必要があった。
そのための説明やどのような情報が必要になるか、の部分は日々の通勤電車で考え、家に帰ってから図式化をWebサイトで調べる日々を一週間過ごすことになった。
資料自体は時間がない中で、それでも自分の心が軽くなったことから終電で帰宅した後にやりきることができた。実際に前日の夜中に徹夜し資料化を仕上げることになった。
それでも不幸中の幸いだったのは、学生のときに授業でやった確立と統計および図表によるデータ収集と分析の知識が思わぬところで役に立ったことだった。皮肉にも自分の退職を加速させる”引継ぎ人員の確保”に活用するとは夢にも思っていなかったが。

作ってきた内容を見て上司は数秒黙り込んでしまった。
そして一言つぶやいた。
「やればできるんじゃん」
“ホントは夜中に徹夜で作ったんですがね。”心ではそう呟いているが、もはや事を荒立てる必要は私にはない。
「そりゃあ無理して時間を取ればできますよ」
勤めて冷静にかつ、ちょっと自分をよく見せようという気が働いたのも否めない。
―――時間があればできるんだ。
―――業務量が適正であればできるんだ。
そんなメッセージを自然と私は発していたように思う。そうか、なんだかんだ言っても自分は”認めてもらいたい”んだ。
テレパシーにもにた、そんな無言のメッセージ。それを知ってか知らずか上司はのんきなセリフを述べてきたものである。
「いままでは仕事ができてなかったが、こうやって言った事ちゃんとできるのなら、別に辞めなくていいんじゃん?」
と質問してきた。
これを聞いてどう思うのか、本人は自覚しているんだろうか?
私は問題の本質が理解できていないんだな…と呆れてしまった。
“言われたことがちゃんとできるんだから辞めなくていい”と発言してしまったわけだ。これは逆の言い方をすれば、言われたことが出来ないから辞めろってこと?と取られても仕方がない。相手は一週間前に退職を切り出した部下なのだ。極力ネガティブな受け取り方をする、という前提に立って発言をすべきだろう?と思った私が居た。しかしこの上司は、他人の心を慮る、という点について残念ながら自称するほどに欠けているのだ。期待する私が間違っていた、ということにはすぐに気づいた。
「これに限ったことではないので―――。」
ボヤかした表現でうやむやにしておく方が無難に思えた。みんな幸せそうなんだ。それが仮初の幸せだろうが幻想だろうが何だっていい。余計な荒波を立てる必要はない。これらを絞り出した想いがこのセリフに凝縮されていた。
一週間経って今日に至りたった今、後任の人物像を作成してきました、という場面で、こと細かく辞める動機などを説明するのも場違いな気がした。そもそも知りたいならその前の話だろう、とも思えた。
上司の言葉を借りれば” その議論をする必要はない”といったところだろうか。
うやむやに煙に巻こうとする私の心を見透かしたように上司は続けた。
「オレが嫌なんなら、しょうがないけど、別に辞めなくていいんじゃないの?」
再度の質問だ。なんだ?気にしているのか?だが本音などいうわけにはいかないのだよ。私は。
私はもう冷静なんだ。心音が耳に大きく届くこともなければ、胃の上から食道の辺りに意識が集中もしない、熱く熱が体の奥から込み上げてくることもなくなった。あの感覚はもう来ない。
そう、私は冷静だ。
「人の問題じゃなくて業務の問題ですからね。」
私はウソをついてしまった。ウソをついたことについて多少の後ろめたさがあったが、大人社会でなんでもバカ正直に放言していればそれこそ社会人失格の烙印を押されかねない。
一応、この一連のやり取り。これが引き留めのつもりだったのかは知る由もない。
しかし、これがもし慰留のつもりだったのだとしても本人にとって慰留とは思えない時点で失敗だった。

士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待つべし。

上司に刮目などと期待する私が間違っているな、と自嘲気味に苦笑がこぼれそうになる。

ただし刮目以前の問題もある。あまりにも人の心に疎いのだ。一つはっきりさせておきたい。
引き留めるのなら、最初にもっと話すべきだった。辞めなくて済む方法が欲しかったのならもっと耳を傾けるべきだった。
でもそれをしなかった。それは誰の"怠慢"なのだろうか?
退職を決意した人間が、一から十まで心の揺らぎを含めた詳細な説明をしないことが怠慢になるのだろうか?
引継ぎ人員の指標を作れたから辞めなくていいんじゃないか?などと、人を試すようなことをすることは、自身の"権威"に基づいた行動だとしても、だ。
こんなことが発言として正しく受け取ってもらえるとホントに思っているんだろうか?

しかし。これを言語にして声という音にし、上司の耳に届けることは無かった。
そんな必要はない。そして上司には
"永遠にこのことに気づくことなく、同じ失敗を繰り返すがいい"
と心から思っている。私が居る。

こうして、採用すべき人物像が固まった部署では採用広告の手配が進んでゆく。

 

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